大阪地方裁判所 昭和60年(ヨ)4090号
申請人
中岡修三
申請人
潮田栄治
申請人
松田真由美
右三名代理人弁護士
藤田健
被申請人
株式会社吉村商会
右代表者代表取締役
森
右代理人弁護士
吉村徹穂
主文
被申請人は、申請人潮田栄治に対し金四三万九八九九円、申請人松田真由美に対し金五四万九八九九円を仮に支払え。
申請人潮田栄治及び申請人松田真由美のその余の申請並びに申請人中岡修三の申請全部は却下する。
理由
一 申立
申請人らは、「被申請人は申請人中岡に対し七五万八二四一円、申請人潮田に対し五七万九〇〇四円、申請人松田に対し七〇万〇五一六円を仮に支払え。」との裁判を求め、
被申請人は、「申請人らの本件仮処分申請を却下する。」との裁判を求めた。
二 判断
1 疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。
(一) 申請人らは昭和六〇年六月当時いずれも被申請人の従業員であって、大阪市東区の船場センタービル内の婦人服製造部門に勤務していた。
(二) 昭和六〇年六月二一日(以下、特に記載のない限りは昭和六〇年のことであるので、その記載を省略する)、被申請人は申請人らに対し、同月二九日をもって被申請人の婦人服製造部門を閉鎖するので、申請人らを解雇する旨の意思表示をし(被申請人が申請人らに対し六月二一日通常解雇の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。以下、右解雇の意思表示を「本件通常解雇」という)、同月二九日までに取引先へ納入した商品の引き上げなどの残務整理をするよう指示した。
(三) 六月二五日、被申請人は申請人らに対し五月二一日から六月二〇日までの給料を支払った。
(四) 六月二九日、被申請人は、申請人潮田から解雇理由及び退職時の支払金額を記載した書面の交付を求められたため、申請人らに対し、被申請人の専務取締役熊谷顕敬の名で作成された「解雇通告」と題する書面を交付したが、右書面には、解雇理由として、「今般昭和六〇年六月二一日通告の通り、婦人服製造部門は多年の累積赤字を抱え、今後の業績回復が見込めない為、当部門を廃止し、当部門所属社員については解雇する事になりました。」と記載され、又、給料及び解雇予告手当は七月二五日に、退職金は概ね三か月後に支給する旨などが記載されていた。
(五) 申請人らは、被申請人の指示に従って、六月二九日までに取引先から納入商品を引上げ、在庫商品とともに被申請人の谷町店に持参するなどの引き継ぎをし、翌三〇日以降被申請人に出社しなかった。
(六) 七月九日、被申請人は申請人らに対し、「会社都合による退職」を離職事由とする離職票を交付した。
(七) 被申請人は、申請人らから婦人服製造部門についての引き継ぎを受けた後、引き継がれた在庫商品と商品別出納帳・金銭出納帳などとの照合等の調査をしたが、在庫商品の品数や売上げ金について不明、不審な点があったため、七月一二日及び二二日の両日、婦人服製造部門の責任者であった申請人中岡を呼び出して説明を求めるなどしたが、必ずしも納得のいく説明が得られなかった。
(八) 七月二五日、被申請人は申請人らに対し六月二一日から同月三〇日までの給料を支払ったが、申請人らからの解雇予告手当及び退職金の支払時期に対する問い合わせに対しては、被申請人は「退職理由が変わったので、退職金や解雇予告手当は支払えない」と回答し、翌二六日には被申請人の社内に、申請人らについて、(1)製品在庫の不足(管理責任)約四六三点・原価金額約二九八万三九五七円(2)売上計上洩れ(管理責任)二社四件・一六八万三一二五円の不都合事由が判明したので、六月二九日付をもって申請人らを就業規則第六〇条三号、四号により懲戒解雇する旨記載された「告示」(同日付)と題する書面を掲示するとともに、そのころ右書面を申請人ら宛に郵便に付し、右書面は同月三〇日頃申請人らに到達した(以上、右書面による懲戒解雇の意思表示を「本件懲戒解雇」という)。
(九) 申請人らは被申請人の本件懲戒解雇及びこれを理由とする解雇予告手当・退職金・夏期賞与の不払を不服として、八月二〇日申請人ら代理人の藤田健弁護士を通じて被申請人に対しその支払を求めたりしたが、被申請人が支払を拒絶するため、九月一七日、六月二一日の本件通常解雇により申請人らが被申請人らの都合によって解雇されたものであるとして解雇予告手当・退職金・夏期賞与の仮払を求める本件仮処分申請を申立てた。
なお、被申請人は、被申請人は六月二九日に申請人らに対し懲戒解雇の意思表示をした旨主張するが、右認定の事実に照らして到底採用できない。
2 申請人らは、被申請人は六月二一日にした本件通常解雇によって申請人らを六月二九日をもって解雇したから、申請人らは被申請人に対し二〇日分の解雇予告手当及び被申請人の都合による退職の場合の退職金の支払を求める権利を有する旨主張するので、まず、本件通常解雇の効力について検討する。
(一) 前記事実によれば、被申請人は六月二一日申請人らに対し、被申請人の婦人服製造部門の廃止を理由に同月二九日をもって解雇する旨の本件通常解雇の意思表示をし、申請人らは被申請人が同日になって解雇予告手当・退職金等の支払意思を表明したこともあって本件通常解雇を争わずにこれを承認し、翌三〇日以降被申請人に対し労務の提供をせず、被申請人も又申請人らに対し労務の提供を求めなかったものということができる。
(二) ところで、被申請人の就業規則(疎乙第八号証)第五三条によると、被申請人が従業員を解雇するときは、停年・死亡・任意退職・休職期間満了・懲戒処分による解雇の場合を除いては、三〇日前に予告するか三〇日分の平均賃金を解雇予告手当として支払う旨定めているのであるから、被申請人の申請人らに対する本件通常解雇は、就業規則上は解雇予告又は解雇予告手当の支払を不要とする場合でないのに解雇予告期間を所定の三〇日より二二日不足する八日間しかおかず且つ解雇予告手当の支払いもしていない点において右就業規則に違反するし、労働者を解雇しようとする使用者は少くとも三〇日前にその予告をするか三〇日分以上の平均賃金を支払わなければならないとする労働基準法二〇条一項にも違反する(本件通常解雇が申請人らの責に帰すべき事由に基づいてなされたものでないことは明らかである)のであるが、申請人らにおいて本件通常解雇の効力を争わずにこれを承認し、解雇日とされた日の翌日以降労務の提供を廃止したなどの前記事実関係のもとにおいては、被申請人のした本件通常解雇にその意思表示どおりの効力を認め、申請人らは六月二九日をもって被申請人の都合によって解雇されたものとするとともに、申請人らは被申請人に対し就業規則所定の解雇予告期間に不足する二二日分の平均賃金にす(ママ)る解雇予告手当請求権を取得したものと解するのが相当である。
けだし、労働基準法二〇条一項は労働者保護を目的とする規定であるところ、右条項に違反する解雇であっても、労働者がその効力を争わずに承認し、解雇日の翌日以降の労務の提供を廃止した上で解雇予告手当の支払を求めている場合においては、使用者のした解雇の意思表示にその意思表示どおりの効果の生ずることを認める一方、労働者は使用者に対し解雇予告手当請求権を行使できる(なお、労働基準法一一四条、一一九条参照)としても、労働基準法二〇条一項の趣旨にもとることはないものというべきであるから。
(三) 被申請人は、申請人らについては懲戒解雇事由に該当する金品等の横領行為などがあったので、被申請人としては申請人らを懲戒解雇すべきであったが、被申請人は本件通常解雇当時申請人らにつき右懲戒解雇事由の存在することを知らなかったため、申請人らを通常解雇してしまったものであるから、本件通常解雇は錯誤により無効であり、申請人らは被申請人がその後した本件懲戒解雇によって解雇されたものである旨主張する。
しかしながら、被申請人が主張する本件通常解雇についての錯誤の内容は、その主張どおりの事実が存在したとしてもたかだか動機又は縁由の錯誤にすぎないところ(被申請人らの主張によっても、被申請人は申請人らを通常解雇しようと意欲してそのとおりに通常解雇したというのであるから、被申請人の内心の意思と表示行為との間にそごはない)、被申請人において本件通常解雇の意思表示の当時、申請人らに対し本件通常解雇が申請人らにつき懲戒解雇事由の不存在の故になされる旨の表示をしていた事実につき主張及び疎明はなく、かえって前記1の(二)及び(四)の事実によると、そのような表示の不存在を窺わせるのであるから、被申請人の前記主張は採用できない。
3 そこで、申請人らの解雇予告手当請求権、退職金請求権及び夏期賞与請求権の存否について検討する。
(一) 解雇予告手当請求権の存否
被申請人の就業規則中、解雇予告手当に関する規定の内容及び申請人に対する本件通常解雇の予告期間は所定の予告期間三〇日間に二二日間不足することはいずれも前記のとおりであるところ、被申請人は申請人らに対し六月三〇日までの賃金を支払っているので、申請人らは被申請人に対し二一日分の平均賃金を解雇予告手当として請求できるものというべきである。
しかるところ、疎明資料によれば、申請人らの三〇日分の平均賃金は、申請人中岡が二四万円、同潮田が一四万五〇〇〇円、同松田が一五万七〇〇〇円であることが一応認められるので、申請人らにつき二一日分の平均賃金を算出すると次のとおりとなる。
申請人中岡 一六万八〇〇〇円
申請人潮田 一〇万一四九九円
申請人松田 一〇万九八九九円
(二) 退職金請求権の存否
疎明資料によれば、被申請人の就業規則五二条が、退職者には別に定める退職手当金を支給する旨規定し、これを承けた被申請人の退職金規定がその支給につき細目を規定し、被申請人は被申請人の都合による退職等の場合に退職金を支給する旨定めていること及び申請人らが六月二九日をもって被申請人の都合によって退職した場合の申請人らの退職金が申請人中岡につき三六万円、申請人潮田につき三三万八四〇〇円、申請人松田につき四四万円であることが一応認められる。
被申請人の申請人らに対する本件通常解雇は被申請人の婦人服製造部門の廃止を理由とするのであるから、申請人らの退職が被申請人の都合による退職に該当することが明らかであるので、申請人らはそれぞれ被申請人に対し右各金員を退職金として請求できる。
(三) 夏期賞与金請求権の存否
疎明資料によれば、被申請人の給与規定一一条は、「会社は年二回従業員に対し収益の動向を見た上で賞与金を支払う。各員に対する支給額はその都度取締役会で本人の能力、精励度等を考慮して個別に決定する。」と規定していることが一応認められるが、被申請人が申請人らにつき昭和六〇年夏期賞与の支給額を決定した事実を疎明する資料はないし、他に申請人らが被申請人に対し被申請人による右支給額の決定なくして右夏期賞与額の請求をしうる法的根拠につき主張がない。
したがって、申請人らが被申請人に対し昭和六〇年夏期賞与金請求権を有する旨の申請人らの主張は採用できない。
(四) 以上によれば、被申請人に対し、申請人中岡は解雇予告手当一六万八〇〇〇円及び退職金三六万円、申請人潮田は解雇予告手当一〇万一四九九円及び退職金三三万八四〇〇円、申請人松田は解雇予告手当一〇万九八九九円及び退職金四四万円の請求権を有するが、申請人らは退職金については右金額の仮払を求めているが、解雇予告手当については、申請人中岡が一五万八二四一円、申請人潮田は九万五六〇四円、申請人松田は一〇万三五一六円の仮払を求めている。
4 保全の必要
(一) 申請人潮田、同松田につき
疎明資料によれば、右申請人両名については、それぞれ本件において仮払を求めている解雇予告手当及び退職金の全額につき仮払をする必要が肯認できる。
(二) 申請人中岡につき
疎明資料によれば、申請人中岡には妻陽子及び子供三人の家族があって、本件通常解雇までは同申請人が被申請人から支給される賃金が生計の資の一部となっていたものであることが一応認められるが、他方同申請人の妻陽子は松原市及び池田市に店舗を構えて洋品店を経営し、相当の売上げをあげている事実も一応認められるので、現時点においては、本件で仮払を求めている解雇予告手当及び退職金の合計五〇万円余りの仮払がなければ直ちに生活に困窮するとも即断しがたいので、結局、右仮払の必要性は肯定できない。
三 結論
よって、申請人潮田、同松田の本件仮処分申請は主文第一項の限度で認容し、その余は却下し、申請人中岡の本件仮処分申請を全部却下することとし、主文のとおり決定する
(裁判官 長門栄吉)